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数学と数理ファイナンスの概説ブログ

Black-Scholesモデル超入門①: イントロダクション

今回から, 数理ファイナンスにおけるBlack-Scholesモデルについて初学者向けの解説シリーズを書いていきます.

本シリーズのコンセプト

目標
  • いわゆるBlack-Scholes公式を導出することが目標です.
  • 厳密性や詳細な証明はある程度犠牲にして, 議論の流れや式のイメージを掴みます.
対象者, 前提知識
  • 数理ファイナンスに興味を持ち始めた人/テキストを開いて挫折した人が対象です.
  • 金融の知識は一切必要ありません.
  • 数理ファイナンスでは伊藤解析と呼ばれる数学理論が広く使われています. 伊藤解析に関する必要事項は記事内で解説します. 
  • 数学科で習うようなレベルの知識は仮定しません.
  • 微分積分の知識は仮定します. 微分方程式と聞いて怯まない程度の慣れがあると良いでしょう. 
  • 確率・統計については期待値, 独立性, 正規分布に関する知識は説明なしで使います.

第1回である今回は, デリバティブなどのファイナンスに関する用語について解説していきます. また, Black-Scholesモデルが何をしたいかの動機付けを行います.

ファイナンスの用語解説

金融市場

投資家たちは日々, 金融市場(しじょう)と呼ばれる場でお金の運用や調達を行なっています. このような取引は東京証券取引所などの取引所で行われるか(証券所取引), 取引相手と直接行われています(相対取引, あいたいとりひき). 株の取引は少しイメージしやすいかもしれませんが, 他にも色々な市場があります.

金融市場は, 大きく短期金融市場長期金融市場に分かれます. 短期金融市場は期間が1年未満の資金運用/調達の場で, 金融機関のみが参加するインターバンク市場と金融機関以外も参加できるオープン市場に分かれます. 長期金融市場は期間が1年以上の資金運用/調達の場で、株式市場と債券市場に分かれます. 株式と債券について, なじみのない方のために簡単に解説します.

株式とは, 株式会社が発行する証券です. 株式会社は株式を投資家に買ってもらうことで資金を調達し, 事業を行います. 投資家が出資したお金が返ってくることはありません. その代わり, 株主(株式の持ち主)は会社の利益の一部を配当金として受け取ることができ, 株式保有割合に応じて株主総会での議決権を持つことで経営に参加できます. したがって, 株式の過半数を取得することはその会社を買収するということになります. 

よく知られている会社の株式の多くは, 取引所で投資家たちの間で売買されています. 株式の価格(株価)は需要と供給に合わせて刻々と変化していて, 安い時に買って高い時に売れば利益が出ますし, 逆に損をすることもあります. 投資家の多くは, そうした利益を上げるために株式を売買しています. 

債券とは, 国や企業などが投資家から資金を借り入れた時に発行する証券です. 国が発行すれば国債, 地方自治体が発行すれば地方債, 会社が発行すれば社債と呼びます. 債券保有者は, 一定の期間ごと(例えば半年ごと)に利子を受け取ることができ, 満期が来れば借りたお金(元本)は返済されます. また, 債券自体も市場で価格がつけられて取引されています. つまり, 「利子と元本を受け取る権利」を売買しているということです. 発行体が借りたお金を返せない事態(債務不履行あるいはデフォルト)にならない限り投資額以上のお金を得られるという点で, 一般に債券は株式より安全と言えます. なお, 「債権」と書くと別の意味になるので注意.

デリバティブ

株式や債券そのものではなく, そこから派生してできる別の商品も市場で取引されてます. これをデリバティブ(金融派生商品)といいます. デリバティブは大きく3つに分けられます. 

1つ目がスワップです. スワップとは, 将来のある期間におけるキャッシュフロー(お金の動き)を交換する契約です. ここでは一例として金利スワップをあげます. Aさんが銀行からお金を借り入れていて、このときの金利が市場によって変動する変動金利であったとします. Aさんが「今後変動金利が上昇するだろう」と予想していた場合, 銀行と金利スワップを行うことで金利を固定化できます. すなわち, 銀行から変動金利を受け取って固定金利を支払うことで, 実質的に固定金利で借り入れをしていることにできるのです. このとき, 変動金利と交換できる固定金利のことをスワップレートと呼びます. 

2つ目が先物取引です. 先物取引とは, 将来の決められた時点である商品を決められた価格で売買するという契約です. 「1週間後にりんご10個を1000円で買う」と約束するようなものです. こうすることで, 1週間後のりんごの価格がどうなっていようと10個1000円で売買することになります. 実際に現物を受け渡しすることはあまりなく, 期日に反対売買をして差額だけを決済することが多いです(差金決済).

3つ目がオプションです. オプションとは, 将来の決められた時点(あるいは期間)である商品を決められた価格で売買する権利です. 最も単純なヨーロピアコールオプションを例にとって説明しましょう. AさんはBさんに100円支払って「1週間後にりんご10個を1100円で買う権利」を買ったとします. 

  • 1週間後, りんごの相場が上がって10個1300円になっていたとしても, Aさんは権利を行使することでBさんから1100円でりんごを買うことができます. 浮いた200円から最初に払った100円を差し引いても100円の得です. 
  • もしりんごの相場が下がって10個1000円になっていたら, 権利を行使しても相場より高い価格で買うことになるだけす. したがってAさんは権利を行使することはなく, 最初に払った100円は丸損です.

なお, 最初に支払った100円のことをプレミアムと呼びます. また, 上の契約が「ヨーロピアンコール」と呼ばれる理由ですが,  「ヨーロピアン」は満期日(ここでいう1週間後)にしか権利行使できないということ意味しています. 他には満期日までいつでも権利行使できる「アメリカン」もあります. 「コール」とは買う権利を意味します. 売る権利のことは「プット」と呼びます.

Black-Scholesモデルの目的

Black-Scholesモデルは本来的にデリバティブの価格付けの理論です. 上の例であげたヨーロピアンコールは100円で売買されていましたが, これは適正な価格なのでしょうか. そうでないとすれば, 適正な価格とはいくらなのでしょうか. このような問いに理論的な答えを出すのがBlack-Scholesモデルの目的です. 

価格付けの肝となるのは無裁定という考え方です. 初期投資なしで, なおかつ損する確率0で利益を上げる可能性があるような状況のこと裁定(機会)といいます. いわば何もないところからお金を生み出せるような状況です. 数理ファイナンスでは, 市場が無裁定(=裁定機会は存在しない)になるようにデリバティブの価格を求めます. デリバティブが高すぎれば売ることで、安すぎれば買うことで裁定を取ることができてしまいます. そのようなことが起こらない価格が適正な価格であるという考え方です.

次回予告

次回はBlack-Scholesモデルの数式に踏み込みます. Black-Scholesモデルとは次にような数式で表されるモデルです. 

\begin{equation} \left\{ \begin{array}{l} dS^1_t = S^1_t (\mu dt +\sigma dB_t ), \\ dS^0_t = S^0_t r dt\end{array} \right. \end{equation}

この2つの式について, 可能なかぎり直感的な説明を試みます. また, Brown運動という数学的対象についても解説します.