math and finance

数学と数理ファイナンスの概説ブログ

Black-Scholesモデル超入門②: 式のイメージとBrown運動

前回に続きBlack-Scholesモデルの初学者向けの解説をします. 今回は, Black-Scholesモデルの数式のイメージを解説していこうと思います. 今回は雰囲気だけを掴んでもらえれば結構です. 次回, より厳密な意味を説明します. 

Black-Scholesモデルは, 次のような数式で表されます.

\begin{equation} \left\{ \begin{array}{l} dS^1_t = S^1_t (\mu dt +\sigma dB_t ), \\ dS^0_t = S^0_t r dt.\end{array} \right. \end{equation}

また,  S^1_0 \gt0, S^0_0 = 1です. 

 S^1_tは株価などのリスクがある資産の時刻 tでの価格を,  S^0_tは銀行預金や債券などのリスクがない資産の時刻 tでの価格を表しており, 時刻t (\geq 0)の関数になっています. S^1_tではなくS^1(t)と書いても構いません.  dS^1_t dtの正確な意味は一旦置いておいて, 今回は S^1_ttの微小変化くらいの意味で捉えておきます.

連続複利

 式が簡単な S^0_tの方から解説していきたいのですが, その前に複利と連続複利について解説しておきます. 100万円を年10%(=0.1), 1年複利で3年間預金する場合, 預金額は次のように推移します.

  • 1年後: 100\text{(万円)} \times (1 + 0.1) = 110 \text{(万円)}.
  • 2年後: 110\text{(万円)} \times (1 + 0.1) = 121 \text{(万円)}.
  • 3年後: 121\text{(万円)} \times (1 + 0.1) = 133.1 \text{(万円)}.

3年後の預金額をいきなり求めるには100\text{(万円)} \times (1 + 0.1)^3とすれば良いです.

次に, 1年複利ではなく半年複利とした場合はどうでしょうか. この場合, 半年ごとに複利計算を行う代わりに1回の計算に使う金利は半分の 5\%とします. したがって, 3年後の預金額は次のようになります.

100\text{(万円)} \times (1 + 0.05)^6 = 134.01 \text{(万円)}.

一般に,  S円を年率100r \% = r (\gt 0),  1/n複利 t年預金したときの預金額は次で与えられます.

 \begin{eqnarray}S \left( 1 + \frac{r}{n}\right)^{nt} \end{eqnarray}.

連続複利とは, 上の式で n \to \inftyとしたものを言います. 複利が転がる回数が限りなく大きくなり, 連続的に複利が転がるようなイメージです. 高校数学で習った自然対数の底の定義 e = \lim_{x \to \infty} (1+1/x)^x より, 

 \displaystyle \lim_{n \to\infty} S \left( 1 + \frac{r}{n}\right)^{nt} = S e^{rt}

が成り立ちます. 実は,  dS^0_t = S^0_t r dt, S^0_0=1の解は S^0_t = e^{rt}に他なりません. 実際,  S^0_t = e^{rt}は明らかに S^0_0 = 1をみたしますし, 

 \begin{align} \frac{dS^0_t}{dt} = r e^{rt} = r S^0_t \end{align}

の「分母を払えば」 dS^0_t = S^0_t r dtになります. ということで,  S^0_t 1円を単位時間あたりの利率 rの連続複利で運用したときの時刻 tでの価値を表しているのです.  S^0はリスクのない資産ですので, 確率的に変動することはありません.

収益率による解釈

 金融の世界においては, 投資の成績や株価の変動は収益率(リターン)で捉えられることが多いです. A社の株価が 100円から 200円になり, B社の株価が 1000円から 1100円になったとします. 両者ともに 100円のプラスですが, 伸び率はA社の方がはるかに上です.  それぞれの収益率は

  • A社:  \displaystyle \frac{200-100}{100} = 1 =100 \%
  • B社:  \displaystyle \frac{1100-1000}{1000} = 0.1 =10 \%

と計算されます. このように, 収益率を使うことで異なる価格の商品の価値変動を比較することができます.

収益率を使って S^0_tを解釈し直しましょう. 時刻 tから t+\Delta tまでの収益率を考えます. 単位時間当たりの利率が rなので収益率は r \Delta tとなります. したがって, 

 \begin{align} \frac{S^0_{t+\Delta t} - S^0_t}{S^0_t} = r \Delta t.\end{align}

微小な \Delta tを考えると,  S^0_{t+\Delta t} - S^0_t d S^0_tになり

 \begin{align} \frac{d S^0_t}{S^0_t} = r d t\end{align}

となります. 分母を払えば, 元々の dS^0_t = S^0_t r dtを得ることができました。

次に S^1_tを考えましょう. こちらは収益率を \muとします.  \muは負になることも許すとします.  S^1はリスクのある資産ですので, 確率的に変動する項(確率変数)を付け加える必要があるでしょう. そこで, 次のようにおきます.

 \begin{align} \frac{S^1_{t+\Delta t} - S^1_t}{S^1_t} = \mu \Delta t + \sigma Z, \qquad  Z \sim \mathrm{N} (0, \Delta t).\end{align}

ここで,  \mathrm{N} (0, \Delta t)は平均 0, 分散 \Delta t正規分布で,  \sigma \gt 0です.  \mu \Delta t + \sigma Zの期待値は \mu \Delta tとなるため,  \muは(単位時間あたりの)期待収益率と呼ばれます.  \sigmaボラティリティと呼ばれる正の数で, 収益率の変動の大きさを表します.

 Z t t +\Delta tに応じて決まる確率変数なので,  Z(t, t+\Delta t)と書く方が正確です.  t_1 \lt t_2 \lt t_3のとき, 時刻 t_1から t_2までの収益率と時刻 t_2から t_3までの収益率は無関係, つまり独立な確率変数であると考えられるので,  Z(t_1, t_2) Z(t_2, t_3)は独立であるとします.  Z(t, t+\Delta t) \sim \mathrm{N} (0, \Delta t)とした根拠については下のおまけで解説します.

Brown運動

 S^1_tの表現まであと一歩です.  Z(t, t+\Delta t)たちを, 確率論において重要な対象であるBrown運動によって効率良く表現します. Brown運動 B_tとは, 時刻 t(\geq 0)に関する連続関数で以下のような性質をみたすものとして定義されます.

  1.  B_0 = 0,
  2.  0\leq s \lt tに対し,  B_t - B_s \sim \mathrm{N} (0, t-s),
  3.  0 = t_0 \lt t_1 \lt \cdots \lt t_nに対し,  B_{t_1} - B_{t_0}, \ldots, B_{t_n} -B_{t_{n-1}}は独立.

Brown運動をシミュレーションした結果はこんな感じです.   B_t - B_sは, 時刻 sから tまでの上下の変動量を表しています. 3つ目の条件は, いわば「昨日から今日までの変動と今日から明日までの変動は無関係」ということを意味しています.

f:id:mathfin:20210528201820p:plain

 

 Z(t, t+\Delta t)の代わりに B_{t +\Delta t} - B_tとおくとができます. 実際,  B_{t +\Delta t} - B_t \sim \mathrm{N} (0, \Delta t)ですし,  t_1 \lt t_2 \lt t_3のとき B_{t_2} - B_{t_1} B_{t_3} - B_{t_2}は独立なので, 整合性がとれています. 

 \begin{align} \frac{S^1_{t+\Delta t} - S^1_t}{S^1_t} = \mu \Delta t + \sigma (B_{t +\Delta t} - B_t)\end{align}

で微小な \Delta tを考えて

 \begin{align} \frac{dS^1_t}{S^1_t} = \mu \Delta t + \sigma dB_{t}\end{align}

とし, 分母を払えば dS^1_t = S^1_t (\mu dt +\sigma dB_t )にたどり着きます.

次回予告

次回は, 方程式 dS^1_t = S^1_t (\mu dt +\sigma dB_t )のより厳密な意味を解説します.  S^0と違って, 「分母を払った」微分方程式

 \begin{align} \frac{dS^1_t}{dt} = S^1_t \left( \mu  + \sigma \frac{dB_t}{dt} \right) \end{align}

は実は数学的な意味を持ちません. これを解決するのが伊藤解析という理論です. 伊藤解析とはBrown運動に関する微分積分の理論で, 通常の微分積分とは異なる計算ルールを持ちます. 伊藤解析により,  S^1_tの具体的な表示を計算することができます.

おまけ:  Z \sim \mathrm{N} (0, \Delta t)とした根拠

 Z正規分布する理由は決め打ちというほかありません. しかし, 分散が \Delta tであることには一定の理由があります.  t_1 \lt t_2 \lt t_3とします.  t_2-t_1 t_3 - t_2が微小であるとき, 

時刻 t_1から t_2までの収益率 + 時刻 t_2から t_3までの収益率 = 時刻 t_1から t_3までの収益率

という関係が期待されますが, 

時刻 t_1から t_2までの収益率 = \mu (t_2 - t_1) + \sigma Z(t_1,t_2),

時刻 t_2から t_3までの収益率 = \mu (t_3 - t_2) + \sigma Z(t_2,t_3),

時刻 t_1から t_3までの収益率 = \mu (t_3 - t_1) + \sigma Z(t_1,t_3),

を代入して整理すると, 

 Z(t_1, t_3) = Z(t_1, t_2) + Z(t_2, t_3)

となります.  Z(t_1, t_2) Z(t_2, t_3)は独立にそれぞれ \mathrm{N}(0, t_2 - t_1), \mathrm{N}(0, t_3 - t_2)に従うので, 正規分布の性質より Z(t_1, t_2) + Z(t_2, t_3) \sim \mathrm{N}(0, t_3 - t_1)となって Z(t_1, t_3)の分布と一致していることがわかります.