Black-Scholesモデル超入門②: 式のイメージとBrown運動
前回に続きBlack-Scholesモデルの初学者向けの解説をします. 今回は, Black-Scholesモデルの数式のイメージを解説していこうと思います. 今回は雰囲気だけを掴んでもらえれば結構です. 次回, より厳密な意味を説明します.
Black-Scholesモデルは, 次のような数式で表されます.
また, です.
は株価などのリスクがある資産の時刻での価格を, は銀行預金や債券などのリスクがない資産の時刻での価格を表しており, 時刻の関数になっています. ではなくと書いても構いません. やの正確な意味は一旦置いておいて, 今回はやの微小変化くらいの意味で捉えておきます.
連続複利
式が簡単なの方から解説していきたいのですが, その前に複利と連続複利について解説しておきます. 100万円を年10%(=0.1), 1年複利で3年間預金する場合, 預金額は次のように推移します.
- 1年後: .
- 2年後: .
- 3年後: .
3年後の預金額をいきなり求めるにはとすれば良いです.
次に, 1年複利ではなく半年複利とした場合はどうでしょうか. この場合, 半年ごとに複利計算を行う代わりに1回の計算に使う金利は半分のとします. したがって, 3年後の預金額は次のようになります.
一般に, 円を年率, 年複利で年預金したときの預金額は次で与えられます.
連続複利とは, 上の式でとしたものを言います. 複利が転がる回数が限りなく大きくなり, 連続的に複利が転がるようなイメージです. 高校数学で習った自然対数の底の定義より,
が成り立ちます. 実は, の解はに他なりません. 実際, は明らかにをみたしますし,
の「分母を払えば」になります. ということで, は円を単位時間あたりの利率の連続複利で運用したときの時刻での価値を表しているのです. はリスクのない資産ですので, 確率的に変動することはありません.
収益率による解釈
金融の世界においては, 投資の成績や株価の変動は収益率(リターン)で捉えられることが多いです. A社の株価が円から円になり, B社の株価が円から円になったとします. 両者ともに円のプラスですが, 伸び率はA社の方がはるかに上です. それぞれの収益率は
- A社: ,
- B社:
と計算されます. このように, 収益率を使うことで異なる価格の商品の価値変動を比較することができます.
収益率を使ってを解釈し直しましょう. 時刻からまでの収益率を考えます. 単位時間当たりの利率がなので収益率はとなります. したがって,
微小なを考えると, はになり
となります. 分母を払えば, 元々のを得ることができました。
次にを考えましょう. こちらは収益率をとします. は負になることも許すとします. はリスクのある資産ですので, 確率的に変動する項(確率変数)を付け加える必要があるでしょう. そこで, 次のようにおきます.
ここで, は平均, 分散の正規分布で, です. の期待値はとなるため, は(単位時間あたりの)期待収益率と呼ばれます. はボラティリティと呼ばれる正の数で, 収益率の変動の大きさを表します.
はとに応じて決まる確率変数なので, と書く方が正確です. のとき, 時刻からまでの収益率と時刻からまでの収益率は無関係, つまり独立な確率変数であると考えられるので, とは独立であるとします. とした根拠については下のおまけで解説します.
Brown運動
の表現まであと一歩です. たちを, 確率論において重要な対象であるBrown運動によって効率良く表現します. Brown運動とは, 時刻に関する連続関数で以下のような性質をみたすものとして定義されます.
- ,
- に対し, ,
- に対し, は独立.
Brown運動をシミュレーションした結果はこんな感じです. は, 時刻からまでの上下の変動量を表しています. 3つ目の条件は, いわば「昨日から今日までの変動と今日から明日までの変動は無関係」ということを意味しています.
の代わりにとおくとができます. 実際, ですし, のときとは独立なので, 整合性がとれています.
で微小なを考えて
とし, 分母を払えばにたどり着きます.
次回予告
次回は, 方程式のより厳密な意味を解説します. と違って, 「分母を払った」微分方程式
は実は数学的な意味を持ちません. これを解決するのが伊藤解析という理論です. 伊藤解析とはBrown運動に関する微分積分の理論で, 通常の微分積分とは異なる計算ルールを持ちます. 伊藤解析により, の具体的な表示を計算することができます.
おまけ: とした根拠
が正規分布する理由は決め打ちというほかありません. しかし, 分散がであることには一定の理由があります. とします. やが微小であるとき,
時刻からまでの収益率 + 時刻からまでの収益率 = 時刻からまでの収益率
という関係が期待されますが,
時刻からまでの収益率 = ,
時刻からまでの収益率 = ,
時刻からまでの収益率 = ,
を代入して整理すると,
となります. とは独立にそれぞれに従うので, 正規分布の性質よりとなっての分布と一致していることがわかります.